段氏點(1705‐1748)

人物情報

漢字名段氏點
Quốc ngữĐoàn Thị Điểm
主な日本語読みドアン・ティ・ディエム
別名紅霞女子、紅霞女史、紅霞夫人、阮氏點

事績

後期黎朝の代表的な文化人の一人である。

代表作は『征婦吟曲』(『征婦吟』という漢詩をチューノムとチューノム文学独自の双七六八体の詩に翻訳したもの)、漢文形式の伝奇物語『續伝奇』(散逸。『伝奇新譜』という異本が残存)がある。

学校を開いていた父親から兄と共に文章を習い、その才能は早くから世間に知れ渡っていた。だが20代半ばの頃、その父や兄が相次いで早世し、困窮した家族や親族を養うために文章の代作や医業を行うようになる。この頃しつこい求婚に悩まされたこともあり、ある妃の教師として後宮入りしたが、戦乱が起こったために老母らをつれて章陽の地に避難した。そこで学校を開き、数多くの門弟が集まったという。やがて親友(故人)の夫・阮翹(Nguyễn Kiều、グェン・キェウ)の求婚をうけ、結婚した。結婚生活は満足すべきものであったようだが決して長くはなく、阮翹の地方赴任に従う途中で病を得て、夫の任地にて死去した。

彼女については、彼女への謎かけに対する当意即妙な答えをテーマにした様々な逸話や伝説がある。

参考文献

  • 陳慶浩・王三慶(主編)、『越南漢文小説叢刊 傳奇類 伝奇新譜・聖宗遺草・越南奇逢事録』、學生書局・Publications de l'Ecole francaise d'Extreme-Orient、1986

コメント

男の詩人が貧乏だと悲惨な感じがしますが、女の詩人が貧乏だと波瀾万丈な女一代記みたいになるのは何故だろう?

当時としては相当な晩婚で、多分30代前半くらい。この求婚話はかなり面白いです。全くその気のない女性に「仕方がない、結婚するか」と如何に判断させるかという話なので(笑)。

更新履歴

2007/09/12 更新

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