『大越史記全書』

表記

漢字名大越史記全書
音読みだいえつしきぜんしょ
Quốc ngữĐại Việt sử ký toàn thư

強引にカタカナ表記すると「ダイヴィエットスゥキィトァントゥ」となる。

内容

ヴェトナム漢文史料の中でも最重要の基本史料である。

編年体の体裁を採り、内容を校訂しつつ、記録を付け足してゆく編集方法を採っているのが特徴。

成立史

陳(Trần、チャン)朝紹隆15年(1272)、黎文休が編纂した30巻の史書『大越史記』が原型とされる(この原本は現存していない)。このときの内容は南越王趙佗(Triệu Đà、チェウ・ダー)から李(Lý、リー)朝まで(B.C.207‐1225)。一説では30巻は13巻か3巻の誤伝とされる[山本達郎:S25]。また『大越史記』の先行として陳周普(Trần Chu Phổ、チャン・チュー・フォー)が編んだ『越志』を挙げ、この『越志』が四庫全書に『越史略』として収められている史書、『大越史略』である可能性も指摘されている[陳荊和:S59]。

胡(Hồ、ホー)朝、属明期を経て黎朝に至り、延寧2年(1455)、黎仁宗(Lê Nhân Tông、レー・ニャン・トン)の命により潘孚先(Phan Pho Tiên、ファン・フー・ティエン)が陳朝から属明期末まで(1225‐1427)を採録した『大越史記続編』10巻を編纂した。

黎聖宗(Lê Thánh Tông、レー・タイン・トン)の光順年間(1460‐1469)にも国史編纂が行われたが、この際の史書は散逸した。しかし、服喪のためこの編纂事業に関与できなかった史官呉士連(Ngô Sĩ Liên、ゴー・シィ・リェン)が独自に黎文休と潘孚先の『大越史記』に中国・ヴェトナムの史書を参考して校訂加筆し、洪徳10年(1479)『大越史記全書』15巻を黎聖宗に献じた。この時点で鴻厖(Hồng Bàng、ホンバン)期から黎太祖(Lê Thái Tổ、レー・タイ・トー)の即位まで(B.C.2888?‐1428)をカバーしている。構成的には鴻厖期から北属時代までの外紀と北属以後の本紀に分けた。

景治3年(1665)范公著(Phạm Công Trứ、ファン・コン・チュー)が北部鄭(Trịnh、チン)氏政権のチュア(Chúa、主)鄭柞(TrịnhTạc、チン・タック)の命を受け、国史を改訂し、以下の構成とした。

  • 『大越史記 外紀全書』鴻厖期‐十二使君時代(B.C.2888?‐967)
  • 『 〃 本紀全書』丁朝‐黎太祖(968‐1433)
  • 『 〃 本紀実録』黎太宗‐恭帝(1434‐1532)
  • 『 〃 本紀続編』黎荘宗‐神宗(1533‐1662)

後の代、鄭氏のチュア、鄭根(Trịnh Căn、チン・カン)の命により、『本紀続編』に黎玄宗‐嘉宗(1663‐1675)が加えられ、正和18年(1697)刊刻された。この本が“正和本(黎本)”となる。

その後、1767、1775年と国史編纂が企図されたが、結果がどのようなものかは不明。黎朝末まで修史事業は継続され、『大越史記続編』とされる種々の写本が現存している。西山(Tây Sơn、タイソン)朝治下では呉時仕(Ngô Thì Sĩ、ゴー・ティ・シー)、呉時任(Ngô Thì Nhâm、ゴー・ティ・ニャム)、呉時典(Ngô Thì Điển、ゴー・ティ・ディエン)三代を中心として『大越史記前編』、『大越史記続編(黎紀続編)』が刊行された。

1988年、ゴー・テー・ロン(Ngô Thế Long)が新史料『大越史記本紀続編』を報告した。ゴーはこれを、それまで最古とされた正和本よりも古い、范公著による“景治本”の一部とみなしている。この史料(NVH本)はまだ“景治本”と断定されてはいないが、他系統の版本との比較から、少なくとも正和本とは異なる後期黎朝期の『大越史記全書』新史料であることは確実である。

また、これと同系統の手抄本(A4本)が国家人文社会科学センター所属漢喃研究院に保管されている。もともとフエ宮廷に保管されていたものであり、原本は行方不明とのことである。19世紀後半(阮朝嗣徳期)に宮廷書庫へと収集、筆写されて伝わったらしい。

伝本としては“景治本”(未確定、1665)、正和本(1697)、西山景盛8年庚申刊本(1800)、度々覆刻されたフエ國子監覆刻本(1828‐)、日本で刊行された引田利章校訂鉛活字版本(1884、明治18)、東洋学文献センター校合本(1984)他がある。

参考文献

  • 山本達郎、「越史略と大越史記」、『東洋学報』32-4、S25
  • 陳荊和、「大越史記全書の撰修と伝本」、『校合本 大越史記全書 上』、東京大學東洋文化研究所附屬東洋學文献センター、S59
  • 石井米雄(監修)、『ベトナムの事典』、同朋舎、1999、P191r

コメント

現在は『校合本 大越史記全書』上・中・下(陳荊和編校、東洋学文献センター叢刊第42集)が大学や研究機関、或いは一部の公共図書館で利用できます。

この『校合本 大越史記全書』は印刷部数自体が少ないようで、「財団法人、公的研究機関への寄贈」という形式でのみ受け付けている非売品のため、購入は不可能。大学図書館あたりで数千円はたいて、ひたすらコピーするのが最も簡単な入手方法となっています。

ちなみに神田神保町某書店で2000年夏、引田本を目撃しましたが、秋に訪れたところ店頭から消えてしまっていました。残念。

更新履歴

2007/03/31 更新

リニューアルに伴い、データをコンバートしました。